お米から作るこめ油 ―もっと食べたい、もっと知りたい―
菜種油、大豆油、ごま油食卓でおなじみの植物油のほとんどは海外から輸入される原料から作られていますそのなかで、こめ油だけは国産の農産物“米”が原料です。
でもこめ油はちょっぴりシャイな油、皆様の前にはなかなか姿を見せません。
そんな“こめ油”のお話しをお届けします。
日本はさまざまな植物油が流通している珍しい国です。これは、植物油の原料となる植物の国内生産がほとんどないことによるものです。
多くの植物油生産国には、その国で生産される独自の原料が生産されています。
いま、世界最大の大豆輸入国となった中国でも、大豆、菜種、落花生の生産量はそれぞれ1千万トンを超えています。アメリカでは大豆が、カナダでは菜種が、イタリアやスペインではオリーブが、マレーシアやインドネシアではパームが生産され、それぞれの原料から作られる油を中心に供給が行われています。
残念ながら、日本にはそのような作物が生産されていません。しかし、そのためにさまざまな植物油の風味を味わうことができ、健康の維持にとって好ましい脂質の摂取が可能となっているということもできます。
日本でも40年以上前には菜種の国内生産が広く行われており、これと輸入菜種を組み合わせて菜種油が供給されていました。また、古くは、ごまやエゴマから油が生産されていました。しかし、いまでは統計には表れないごく小量の落花生や菜種から油が生産されるだけで、ほとんどの植物油とその原料は海外からの輸入に頼らなければなりません。
そのなかで、ただ一つの例外が「こめ油」です。お米は日本で最大の生産量を誇る農産物。そして、貴重な国産の植物油原料になっているのです。
もっとも、こめ油といっても原料はお米そのものではなく、玄米を精米したときに発生する米糠が原料となっています。
次の表は、いま日本で生産されている主な植物油の原料を分類したものです。
以前は、ヒマワリやべに花(サフラワー)の種子も圧搾していましたが、いまでは油を輸入しており、国内で圧搾している原料が少なくなりました。
多くの場合、油糧種子と称される原料に含まれる油分を抽出しますが、コーン油(とうもろこし油)とこめ油は、副産物に含まれる油分を抽出して作られます。だから、コーン油とこめ油は、限られた資源である農産物を有効に利用している油と言ってもいいでしょう。
そのなかで、日本でただ一つ自給できるお米を有効に利用し、お米が有している能力を最大限に引き出しているのがこめ油なのです。
油を抽出した粕は家畜の飼料などに利用され、一粒のお米が、余すことなく利用されているのがお分かりいただけるのではないでしょうか。
表1 国内で生産している主な植物油とその原料
米糠を袋に入れてお風呂で石鹸代わりに使ったり、床や家具をぴかぴかに磨いた経験をお持ちの方は少なくなったのではないでしょうか。
お肌をつややかにし、床がぴかぴかになるのは、米糠に含まれる油分のはたらきです。この油分を利用できないのかという考え方が生まれるのは極めて自然なことでしょう。しかし、現実はなかなか難しいものです。
米糠から油を絞ってみようというアイデアは江戸時代から試みられたようですが、米糠に含まれる油分は20%未満と低く、強い圧力をかけても搾り出すことは容易ではありません。
日本植物油協会会員企業の情報では、こめ油の生産が本格的に試みられたのは昭和の初期で、ビタミンBの発見で著名な鈴木梅太郎博士も米糠油製造の研究をされ、菜種油の圧搾に用いられていた圧搾機(玉締機)を利用し、大変なご苦労の末に米糠油(当時は、米糠油と称していました。)を製造されたという記録が残されています。また、日本政府(農林省)は、米穀利用研究所を設置して米糠油製造法の研究を開始されました。
これらを受けて企業化を試みる人達が輩出し、昭和16年(1941年)には、100を超す米糠油製造所があったとされていますが、品質はいまひとつな上、米糠油というネーミングが消費者からは敬遠されたと伝えられています。
戦後、貴重なお米の有効利用のため政府は米糠油生産の奨励を行いました。このため、米糠油製造所が乱立し、昭和25年には全国に286の製造所があったと記録されていますが、政府保護の縮小に伴ってその数は一挙に激減しました。
昭和31年(1956年)、一つの転換期が訪れました。米糠油の品質向上に尽力してきた日本油化学協会など関係者の努力により、ちょっと評判の悪かった米糠油という名称を「こめ油」に改称し、日本農林規格においても法律に基づく名称を「こめ油」とすることとなりました。加えて、新生「こめ油」の品質向上が進み、こめ油のコレステロール低下機能が明らかにされるなど、こめ油の市場が発展する基盤が創られました。
こめ油は、安定性に優れ、栄養価値も高いと評価されています。では、どんな特徴があるのでしょうか。
特徴の一つは脂肪酸の構成にあります。図1は、主な植物油の脂肪酸構成を比較したものです。
図1 主な植物油の脂肪酸構成比較
一目で分かるように、こめ油は脂肪酸のバランスがよいことが挙げられます。不飽和脂肪酸の代表であるオレイン酸とリノール酸の割合がほぼ同じぐらいで、飽和脂肪酸が他の植物油よりやや多いという特徴が見られます。
このような脂肪酸構成に加え、抗酸化作用を持つビタミンE、γオリザノール(こめ油に特有の成分)が多く含まれていることから加熱や酸化に対する安定性が高いことが知られています。
また、こめ油には健康の増進に寄与する多くの微量成分が含まれているという特徴があります。先に述べたビタミンEは、体内の脂質を酸化から守り、健康な細胞を維持するのに役立っています。
γオリザノールは成長の促進や自律神経失調症緩和の効果が明らかにされており、ビタミン剤の原材料の一部として利用されています。また、豊富に含まれる植物ステロールは、コレステロールを引き下げる働きが強いことが知られています。
表2は、こめ油が有するこれらの品質や栄養の特徴とその機能を整理したものです。
表2 こめ油の品質特徴と効果
ただし、こめ油はあくまでも食品です。健康増進に対する効果・効能を薬のように過大評価されることは好ましいことではありません。こめ油は、風味豊かな植物油です。その味わいを楽しんでいただく中で、これらの効果・効能がゆっくりと発揮されるものであることをご理解いただくことが大切です。
ここまで、こめ油の特徴を整理してきました。しかし、スーパーなどでこめ油を見つけることはなかなか難しいものです。後で述べますが、生産量が少ない上に、優れた特徴から食品の加工に用いられることが多いため家庭用商品が少なくなり、消費者の皆様の目に触れにくくなっています。 食品の加工に多く用いられるのは、こめ油が有する特有の風味と安定性が評価されていることによるものです。
例えば、揚げせんべい。お米がでんぷん質を主とする米粉とこめ油に分かれ、米粉で作られたせんべいをこめ油で揚げると、香り高い揚げせんべいになります。風味だけではなく、加熱されても酸化に強いという特徴で、せんべいの品質が長く保持できるという特徴があります。同じ理由で、ポテトチップスやかりんとうなどの揚菓子や即席麺などに広く使用されています。さつま揚げにも独特の風味が加わり、ひと味違ったものになります。
地域でとれたものを地域で利用するということで、学校給食にも人気があります。
最近では、会員企業では家庭用にも力を入れています。決して多くはありませんが、スーパーの棚で気を付けて探していただくと、こめ油を発見することができます。
食べ物だけではなく、化粧品の基剤や保湿剤にもこめ油が利用され、こめ油の製造過程で副産物として発生するワックス分は、インク、ろうそく、リップグロスなどの材料に用いられています。まさに、お米の総合利用ということができますね。
唯一の国産原料、お米の有効利用、優れた風味と高い健康増進機能などこめ油の特徴を述べてきましたが、そんなこめ油にも大きな悩みがあります。
(原料が足りない!)
米糠の数量は、お米の生産量によって決まります。お米自身の消費の減退や転作の奨励によりお米の生産量は減少する傾向にあります。農林水産省の統計によれば、平成20年のお米の生産量(玄米、食糧用)は約866万トンでした。お米(玄米)の8~10%が米糠ですから、約85万トンぐらいの米糠が発生することとなります。このうち、売買用に出回る米糠の数量は60万トン程度と推計されます。
この米糠を、こめ油を含む様々な用途に分け合うことになり、こめ油の生産に利用できる数量は約30万トンに過ぎません。もっと、こめ油を皆様にお届けしたいと考えても、数量に限界があるのです。このため、タイなどこめ油を生産している国から一部を輸入しています。平成19年では、国内で生産したこめ油が68千トン、輸入したこめ油が23千トンでした。
政府は、お米の消費拡大を重要な政策課題とされていますが、いまのままでは、着実な需要があるのに国産のこめ油が供給できないという悩みを抱えています。もっとお米を食べていただければ、こめ油の供給も増え、皆様のお求めにお応えすることができるのです。
(原料の劣化が早い!)
米糠は、お米にくっついている間は安定した物質ですが、精米され米糠になると油分の分解が始まり、時間が経てばこめ油の生産に適さなくなるという問題を抱えています。一般に、米糠の発生後24時間以内に搾油することが望ましいとされています。このため、こめ油の製造工場は、精米所で米糠が発生すればすぐに集荷できるような体制を整えなければなりません。
特に、お米の流通制度が変わり、美味しいお米を食べたいという要望に応えて消費地に近いところに小規模の精米所が増えることとなりましたが、こめ油の製造業の立場からは、少量の米糠をこまめに集めるという作業が増えたことになります。空気のように軽い米糠をこまめに集めることは、運搬費の増加をもたらしています。
(工場規模の拡大が難しい!)
製油業は、食品産業の中では典型的な装置産業です。このため、大豆や菜種の場合は港湾に工場を設置し、大量の原料を処理することで生産性が高くなるという特徴を有しています。
しかし、こめ油の場合には、新鮮な米糠の集荷のため地域が限定され、工場の規模も大きくできず、生産性の向上に限界があることになります。反面、地域の皆様によく知られるという長所もあります。
(認知度が低い!)
地域が限定され、数量が少なく、加工用の用途が多いことから家庭用の商品がどうしても少なくなります。おいしく、優れた特徴を多くの皆様にお届けしたいのですが、それができないため、こめ油の認知度が低いという悩みがあります。
先にも述べましたが、日本植物油協会の会員企業は少ないながらも家庭用の商品の供給にも力を入れています。お店で発見したら、是非お試しいただきたいものです。
すてきなこめ油、皆様にも分かっていただけたでしょうか。こめ油は、活躍できる場さえ与えられれば、もっともっとお役に立つことができるのです。
最近では、せんべいだけではなくこめ油の風味を生かしたいろいろな食品が登場するようになりました。ちょっと変わったところでは、こめ油を利用したイタリア料理に挑戦されているレストランが増えてきました。
まさに、オリーブ油に対抗できる「東洋の貴公子」ですね。皆様の工夫で、こめ油にもっと活躍できる機会を与えていただくことをお願いいたします。